“正解探し”の手放し


最近、日常の中で色々な気づきがある。

仕事で同僚が先に帰る時、「お疲れさまです」と何気なく声をかける。

私はこれまでの職場経験などで、こう声をかけることが多かったのだと思う。

同じタイミングで、いつも挨拶が元気よくて素敵だな〜と思っている別の同僚が、「お疲れさまでした」と声をかけた。

その時、私の「です」は間違っているんじゃないかという気持ちに襲われた。

そこで、次に帰っていく同僚に「お疲れさまでした」と声をかけたのだけど、他の同僚たちはみんな「お疲れさまです」と言ってることに気づく。

あれ、どっちが正しいんだ?と思った自分に、どっちでもよくね?!!となった。

私はこれまでの人生、全てのことに正解を求めてきた気がする。

そして、”みんなと同じが正しい”、”間違ったことをするのは恥ずかしい”という思い込みがすごく強くあるなと実感。

これが長年願ってきた”普通になりたい”の根源なのかな。

まさかこの歳になっても、こんな小さな事にまで正解を求めていたとは、自分でもびっくりな出来事。

きっと、人にも”あの人は正しい”、”この人は間違ってる”、みたいな変なジャッジを私は頭の中で常にやっているんだろうなーと。

それって、心がなんかすごく寂しい気がして。

こういう思い込み気づいて手放していきたい。

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この記事を書いた人

2児の母。自分嫌いと生きづらさを抱え、うまくいかない感覚の中で過ごしてきました。四柱推命との出会いで捉え方が変わり、自分を責める気持ちが和らぎました。今は人生でいちばん楽しく生きてます。このブログでは、心が少し軽くなる視点を綴っています。

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